サイエンスアプローチ

細胞エネルギー代謝を標的とする慢性疾患の治療

細胞の代謝とエネルギーのホメオスタシスを回復させることを目的とした治療介入は、2型糖尿病や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)などの一般的な疾患から、副腎白質ジストロフィー(ALD)などの希少疾患まで、さまざまな深刻な慢性疾患の治療として有望視されているアプローチです。Poxel社は細胞の代謝とエネルギーのホメオスタシス制御に重要な役割を果たす標的に着目した研究開発を進めてきました。

  • ミトコンドリア呼吸鎖(MRC)
  • AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の直接的活性化
  • チアゾリジン系薬(TZD)による非ゲノム性経路の活用

ミトコンドリア-細胞の発電所

ミトコンドリアは、グルコースや脂肪酸等の栄養を酸化させることにより、細胞エネルギーの主要単位であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する、いわば細胞の発電所であり、このATP産生により、細胞や全身のエネルギーのバランスの調節に貢献しています。

2型糖尿病、NASH、肥満などの多くの代謝性疾患や、希少疾患(特に遺伝性ミトコンドリア疾患)の病態生理では、ミトコンドリア機能障害が主要な役割を果たします。一般的な代謝性疾患におけるミトコンドリア機能障害の主要な原因は、栄養過多や運動不足です。細胞内のエネルギーバランスが崩れると、ATPの産生が不十分になったり、ミトコンドリア呼吸鎖(MRC)複合体からの活性酸素(ROS)の産生が増えたりするなど、さまざまな弊害が生じます。その結果、グルコース濃度反応性のインスリンの分泌が不十分になり、インスリン感受性が低下することにつながります。

Poxel社で最も開発の進んでいる化合物であるイメグリミンは、MRC複合体の活動を調節することでミトコンドリア機能を改善し、下図のように膵島β細胞の機能改善とインスリン作用の増強(インスリン抵抗性の改善)の二重の効果をもたらします。

ミトコンドリア機能不全を標的としたイメグリミンの二重の作用機序

(*) 活性酸素種。

(#)ミトコンドリア膜透過性遷移孔のこと。

引用元: Hallakou-Bozec et al, Mechanism of action of imeglimin – a novel therapeutic agent for type 2 diabetes; Diabetes Obes Metab 2021, doi.org/10.1111/dom.14277 

AMPキナーゼ - 細胞の重要なエネルギーセンサー

3つの異なるサブユニットで構成されるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)酵素複合体は、エネルギーのホメオスタシスを維持する主要なエネルギーセンサーです。カロリー制限や運動などの様々な刺激によって活性化され、栄養過多や炎症などでは抑制されます。AMPKの活性化は、異化作用を促進し、同化作用を抑制します。AMPKの主な作用としては、脂質代謝の促進、炎症の抑制、特定の状況下での細胞死の抑制などが挙げられます。

AMPキナーゼ酵素複合体はいくつかの細胞経路を制御

Poxel社の低分子AMPK活性化剤は、細胞およびin vivoモデルシステムの両方において、de novo脂肪生成の抑制、炎症性経路の減少、インスリン感受性の向上などを含む幅広い効果を発揮します。Poxel社の主力のAMPKアクチベーターであるPXL770は、第Ⅰ-Ⅱa相臨床試験において、いくつかの代謝効果をヒトにもたらすことが実証されています。AMPKを直接活性化することは、NASHや副腎白質ジストロフィーなどを含むいくつかの疾患に対するアプローチとして検討されています。

チアゾリジン(TZD)系薬が調節する非ゲノム経路

チアゾリジン系薬(TZD)は、従来からペルオキシ(PPARγ)を活性化する作用を介して、遺伝子の転写を誘導することが知られている低分子化合物の一種です。これらの分子には、2型糖尿病の治療薬として広く処方されているピオグリタゾンが含まれます。TZDはまた、ミトコンドリアのピルビン酸キャリア(MPC)やその他の経路を調節するなど、非ゲノム(非PPAR)作用もあります。TZDによるPPARγの活性化は、体重増加、体液貯留(浮腫)、骨折リスクの上昇を引き起こすことが知られています。Poxel社は、TZDを重水素で修飾することにより、すなわち重水素TZD(dTZDとすることにより、有意なPPARγ活性を示さず、選択的な非ゲノム作用を保持する新規分子を発見しました。MPCは細胞内の燃料のいわばゲートキーパーであり、これを阻害することで、脂肪の利用を促進し、インスリン感受性を高め、炎症を抑制します。

重水素修飾化TZDdTZD)はゲノム経路で機能

Poxel社の主力製品のdTZDであるPXL065は、ピオグリタゾンのR-立体異性体(重水素修飾R-立体異性体)です。PXL065は、前臨床モデルにおいて、PPARγ活性化に伴う副作用をほとんどまたは全く発現することなく、非ゲノム経路を介して選択的に作用し、NASHを効果的に治療し、炎症を抑制しました。Poxel社は、これまでの前臨床試験および第1相試験の結果から、NASHについてPXL065がピオグリタゾンよりも優れた治療効果を発揮すると考えています。また、dTZDは、副腎白質ジストロフィーやその他の希少な代謝性疾患においても高い可能性を秘めています。